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大阪高等裁判所 昭和52年(く)106号 決定 1977年10月31日

少年 N・D(昭三六・三・一九生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、要するに、原決定の処分は著しく不当であるというに帰するものと解される。

よつて少年保護事件記録及び少年調査記録を精査して検討するに、本件非行の態様、少年の生育歴、非行歴、性格、保護環境等は、原決定が詳細説示するとおりであつて、ことに少年は、昭和五二年五月一二日道路交通法違反(原動機付自転車及び自動二輪車の無免許運転)で京都保護観察所の保護観察に付せられながら、それから間なしの同月二九日本件非行を行なつたものであり、運転適正検査の結果が、できれば運転をしない方が良い状態を示しているのに、少年の原動機付自転車等への興味、執着は極めて強く、反面規範意識や社会的責任意識が凡そ不十分であることのほか、保護者が保護能力を著しく欠いていて、他に社会内処遇を遂行するに適切な社会資源も見出せないことなどを考えると、所論のように少年が本件非行後更に非行を重ねることなく反省しているとしても、少年に対し在宅保護によつてはもはやその健全育成を期することが困難であると認めた原決定の判断に不当はなく、少年の母親の悪しき疵護状態から少年を脱却させ、規律ある環境のもとで少年の自立心、社会性を育てると共に現実の厳しさを認識させ規範意識を涵養させるため、少年を交通短期処遇を実施するべく中等少年院に送致した原処分が著しく不当であるということはできない。

よつて少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 村田晃 長崎裕次)

参考 原審決定(京都家 昭五二(少)三〇二九号 昭五二・九・二二決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

少年は、

1 原動機付自転車運転の業務に従事するものであるが、昭和五二年五月二九日午後四時一〇分ころ、原動機付自転車(京都市左く三八〇号)を運転し、京都市左京区○○○○○○町××番地先の交通整理の行なわれていない交差点を南方から北方に向い直進するにあたり、同交差点の左右の見とおしが困難であつたから、一時停止して左右道路の交通の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに、右方道路の安全を確認しないで時速約一〇キロメートルで同交差点に進入した過失により、折から同交差点右方の道路から進行して来たA(当一八年)運転の原動機付自転車の左側面に自車前部を衝突させ同人を路上に転倒させ、よつて同人に対し治療約二週間を要する左肘部擦過傷、左下腿打撲傷の傷害を負わせた、

2 公安委員会の運転免許を受けないで、上記日時場所において、上記原動機付自転車を運転した、

3 上記日時場所において、上記原動機付自転車を運転中、上記交通事故を起こし上記Aに上記傷害を与えたのに、直ちに同人を救護する等法律の定める必要な措置を講じないで、かつその事故発生の日時場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しないで逃走した

ものである。

(法令の適用)

上記1の事実につき刑法二一一条前段

同2の事実につき道路交通法一一八条一項一号、六四条

同3の事実中、救護義務違反の点につき同法一一七条、七二条一項前段、報告義務違反の点につき同法一一九条一項一〇号、七二条一項後段

(中等少年院に送致する理由)

1 少年は、生後まもない父母の別居(その後昭和三八年に離婚)により、母、祖母、伯母の女性家族の中で育ち、身近に厳しい父親の役割を果すべき者がなく、祖母の手で養育され甘やかされたうえ、祖母が死亡した昭和四六年以降は真の母性性が稀薄で厳しさの全く欠ける母親との二人暮しであつた。少年は、小学校低学年から中学卒業に至るまで登校拒否の状態が続き(因みに、中学時代の学校出席日数は三年間を通じて僅か八〇日にすぎない。)、小学校五年のころより京都市教育委員会のカウンセリングセンターで心理治療を受けており、またそのころ半年間ほど情緒障害児の施設である○○寮に入所したこともあるが、自閉症による登校拒否症ではなく、祖母や母の甘やかしと盲目的な庇護及びこれによつて形成された少年の我ままな性格に起因する嫌学、怠学であり、家庭及び学校の対応の甘さが登校拒否の状態を長期間にわたつて継続させたものといえる。少年は中学卒業後○○高校の通信教育科で学習しているが、昼間は時折母の勤めるビル清掃会社でアルバイトするほかは、自由で気ままな生活を送つており、経済的にも恵まれている。

2 次に、当庁に係属した少年の前件非行をみると、(イ)昭和五〇年六月八日原動機付自転車(以下原付と略す。)の無免許運転(同年少第一二二三八号事件。同年九月一日交通講習を受け不処分決定)、(ロ)同年七月二二日原付の無免許運転(同年少第一二八九六号事件。同年一〇月六日再度交通講習を受け不処分決定)、(ハ)昭和五一年三月一九日原付の窃盗等(同年少第一七一五号事件。同年一二月一日不処分決定)、(ニ)同年九月四日原付の無免許運転(昭和五二年少第一〇九三〇号事件。(同年五月一二日保護観察<短期交通>処分決定)、(ホ)昭和五一年九月二二日自動二輪車の無免許運転(昭和五二年少第一〇九三一号事件。(ハ)の事件と併合処理)の各非行があり、上記保護観察処分を受けたにもかかわらず、その数日後には少年宅で預つていた自動二輪車を運転して愛知県犬山市まで出かけ、更にその後半月も経ぬ間に友人に借用した原付で本件非行を犯したもので、少年の原付などに対する興味・執着は強く、無免許運転は常習化しており、規範意識は極めて乏しい。また、少年のみならず、少年の欲求を抑制せずこれを充足させてやろうとする母の姿勢にも問題があり、少年が原付に興味を抱き始めるや、母は少年が他所から原付を盗むよりはと考えて自ら原付の運転免許を取得したうえ、原付を購入し、少年がこれを使用することを容認し、上記(イ)、(ロ)の各非行を助長し、また安易に知人より自動二輪車を預り、少年がこれを使用せぬような措置も講じないで放任するなど、母の監護力に期待する余地はもはやないものといわざるをえない。

3 少年の知能面には別段問題はないが、神経症的性格を有しているほか、母が母性未熟で少年の自立心や社会性を培うことに意を用いず、母子一体の如き共生関係を持続して来たことにより、少年の母に対する依存心・甘えが年齢に比し異常といえるほど強く、母の庇護のもとで気ままに生活する習慣が固着化して自立心が欠如し、自己中心的で幼児的な性格が残つており、情緒面や社会性に遅れがみられる。また、自己の非違について正当化・合理化しようとする傾向があつて、嘘言も辞せぬ面がある。なお、運転適性検査の結果によると、少年はできるかぎり運転は避けるほうが望ましいとされている。

4 以上のような少年の生育・非行歴・性格・年齢・保護環境などを総合考慮すると、従前どおり母の監護に委ねて少年の交通非行を防止することを期待するのはもはや妥当ではなく、むしろ母の悪しき庇護状態から少年を脱却させ、少年の自立心、社会性を育てるとともに現実の厳しさを認識させ規範意識を涵養させる方針で処遇する必要があるものと思料される。前示のとおり、少年はカウンセリングセンターで永らく心理治療を受けているのではあるが、もはや右治療の成果のみを俟つ余裕はない段階に到つたものと考えられる。また、母の義兄であるI・Z氏より少年を引取り指導監督したい旨の意見書が提出されているが、同人が少年の性格、非行を真に理解し熟慮したうえで右意見書を提出したものとは認め難く、同人に少年の指導監督を委ねることも妥当ではない。そして、他に社会内処遇を遂行するに有効適切な社会資源を見出すこともできないので、少年の健全な育成のためには、この際少年を施設に収容して専門的矯正教育により規律ある環境のもとで前示方針に沿つた処遇を加えることが相当であり、体件非行が交通非行であることや少年の年齢、性格などを考慮すると、送致する少年院としては交通短期処遇を実施する中等少年院が相当と考えられる。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項により主文のとおり決定する。

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